「医は仁術」と言われる。

「人を治そうとするなら、優しい気持ちを持たんとあきまへん」という意味だ。

鍼灸師になる前の自分は、どうひいき目にみても「仁の人」ではなかった。冷たい人間だったと思う。具体的なエピソードは省略させて頂くが、今も本質の部分ではそう変わってはいない。

私のことをよく知る人は、私がこうして治療師なんかになって、ネット上で笑顔を振りまいて「苦しんでいる方を幸せにしたい」なんて言っているのを目にして、「この偽善者め!」「営業スマイルめ!」と思っているのではないだろうか。

そんな考えが頭をよぎると、胸が苦しくなる。

 

でも、

今日来院したYさんに、「ここに来るだけで体が全部リセットされるような気がする」と言って頂いた。

過労気味でいつもヘロヘロになって来院されるSさんには、「救って頂いた」と頭まで下げて頂いた。

ひざが悪かったAさんには、「痛みが消えて本当に嬉しかった」と言って頂いた。

 

治療院に来られる患者さんは、本当に辛くて辛くて、助けてほしくて、何者かもわからない初対面の私を信じて、病気やケガで痛んだ体に鍼を打つことを許して、こんな言葉までかけてくださるのだ。

そんな方たちを前にして、そんな言葉をかけてもらって、胸に暖かいものがこみ上げてこない人間がいるのだろうか。

これを、画数の多い言葉では「仁愛」だとか「慈悲」とかいうのかもしれない。

そのとき、私は何かに許されたような気持ちになる。

私が患者さんの存在をこの上なくありがたいものだと思っているのは、単に患者さんが来れば生活ができるから、という理由ではなくて、自分にずっと足りていなかった、人間として最も基本的なものを埋めてもらっているからだ。

 

ほかにもこんな記事を書いています

治療家は患者と自分の両方を癒やしているのか

リラクゼーションでもいいけれど

教室さがしと治療院さがしの表裏一体