治療院をやっていると、「前に行っていた鍼灸院で治らなかった」、「きちんと診てもらえなかった」とおっしゃる患者さんに出会います。

そんなことを言われたあとで、自分の治療によってその患者さんの症状が改善したりすると、心の中で「どやぁ」という顔をしてしまいます。

なんだか自分が素晴らしい人になったように思ってしまいますが、それは本当に自分の手柄でしょうか。

その患者さんは前の鍼灸で良くならなかった、満足できる結果が出なかったにもかかわらず、再び鍼灸という医療を選択してくれたわけです。

最初の段階で、「やっぱり鍼なんかアカンわ」と、鍼灸という選択肢そのものを放棄してしまっていたら、わたしのところに来ることすらなかったわけです。

わたしなどよりも「鍼灸」という治療法への信頼が先に立っています。

前の治療院で結果が出なかった理由は、打つ場所が適切ではなかったのかもしれませんし、治療家と患者さんの性格が合わなかったからかもしれません。

それでも、患者さんが鍼灸そのものへの信頼を失わなかったのは、自分以外のすべての鍼灸師のおかげです。古代中国から脈々と受け継ぎ、鍼灸術を洗練させていった先人たち、その仕組を解明してきた学者たち、そして今日、街のあちこちで患者さんを救っている治療家たち、鍼灸を受ける患者さんたちのおかげです。

考えてみれば、「体に鍼を打って病気を良くする」なんて、冗談みたいな話です。多くの方はその仕組みを知りませんし(鍼灸師のなかにも知らない人はいる)、「とにかく良くなるならなんでもいい」と思っていらっしゃる方がほとんどでしょう。

かりに、わたしが「ビンタをくらわせた上に頭突きをする」という治療法を開発したとします。効果はテキメン。再現性もありそうです。

しかし、それが実際に素晴らしい効果をもたらすものだったとしても「実績」がなければなかなか試そうという人は現れないでしょう。わたしはイヤです。

患者さんが体を預けてくださるのは、鍼灸に実績があるからです。

そんなわけのわからないものに体を預けてもらえるのは、自分の功績であるはずがないよなあ、と殊勝ぶりつつ、それでもちょっと嬉しくなってしまう俗人のわたしなのでした。